夏が終わり、二学期が始まった。
 秋に向けて暦は動いている。
 若干だけど、日が暮れる時間が早くなった気もする。
 けど日射しは変わることなく、容赦のない熱量を地上に向けて放っていた。
 そして…。

 バタリ…。

【巧巳】「きょ…今日こそ本当に逝く…マジ逝く…」

 高跳び用のマットの上で仰向けになりながら、黄昏の空を見つめていた。
 あ…なんか視界が滲んでる…。

【梗】「あんた、何? 泣いてんの?」
【巧巳】「泣きたくもなるわっ!」

 倒れたまま叫ぶ。

【巧巳】「パワーリスト&アンクルが両足にそれぞれ5sずつ!」
【巧巳】「砂の詰まったベストに鉛入りの靴!」
【巧巳】「今時タイヤ引っ張ってグランド走る特訓なんてするか普通!?」
【巧巳】「しかもタイヤの上にはポニーテールの重たいオマケ付きでよ!」

 ビッシィッ!!

 高跳びのバーで腹を殴られる。

【梗】「なにが重たいって? ん?」
【巧巳】「す…すんません…口が勝手に動きました…」
【梗】「あのねぇ、秋っていったら新人戦があんのよ?」
【梗】「表彰台に乗ってみたいと思わない?」
【巧巳】「思わない」
【梗】「もっかい言って♪」

 笑顔で、バーを鼻先に突きつけながら言ってくる。

【巧巳】「高いところって気持ちいいよな」
【梗】「でしょ」
【梗】「なら、努力しなきゃね」
【巧巳】「でも、陸上初心者の努力程度で立てる表彰台って価値あるのか?」
【梗】「何言ってんのよ。あんたのしてる特訓をマネできる奴なんて、そういないわよ」
【巧巳】「………」

 それは果たして良いことなんだろうか…?

【巧巳】「あのよ…ちなみに訊いときたいんだけど…」
【梗】「なに?」
【巧巳】「俺のしてる特訓、お前にしろって言ったらどうする?」
【梗】「あははは、死んでもゴメンよ」
【巧巳】「なにさわやかに笑ってやがるっ!」
【梗】「大体、この特訓には他にも意味があるのよ?」
【巧巳】「俺をいじめる以外にどんな理由があんだよ…」
【梗】「どう頑張っても時間かかるでしょ?」
【梗】「だから、他の部員はみんな先に帰っちゃうじゃない」

 梗はそう言いながら、俺の倒れているマットに手を付き…。
 ゆっくりと俺の唇に自分の唇を重ねた。
 呼吸が少しの時間だけ止まる。
 赤くなった梗の顔が離れていく。

【梗】「だから、こういうことができるでしょ」

 ペロっと自分の唇を舐めながら梗は笑顔で言った。

【巧巳】「別に…俺は他の奴に見られてもいいぞ?」
【梗】「イヤよ。こういうのって二人だけの秘密みたいなもんでしょ」
【梗】「誰かに見られたら価値が下がるじゃない」
【巧巳】「そんなもんかね…?」
【梗】「それともなに? あたしのキスする顔、あんた以外の男が見てもいいの?」
【巧巳】「ダメだ」

【梗】「でしょ」
【梗】「あたしにしか見せない、あんたにしか見せない、特別な顔なんだから」
【巧巳】「ま…そう言われちゃ言い返す言葉は──…」
【巧巳】「って! 別にそれと俺の特訓関係ないだろ?!」
【巧巳】「普通にみんなが帰るまで話でもしてりゃ済むことだろうが!」
【梗】「そんなことしたら、あんた絶対キスだけで終わんないでしょ」
【巧巳】「当然だ」
【梗】「だから体力奪ってるの」
【巧巳】「………」

 すべては計算されたこと、ということか…。

【梗】「さてと、そろそろ動ける?」
【巧巳】「まだ無理…もうちょいこうしてたい…」
【梗】「うん」

 梗は素直に頷くと、俺の隣に腰掛けた。

−後は本編で−